Archive for the ‘借家’ Category

洗濯物干し場

洗濯は毎日行う家事の一つです。それだけに洗濯機を設置している洗面室から洗濯物干し場までの動線にはしっかり配慮しておきましょう。また屋外用だけでなく室内用も完備しておくと毎日の家事がスムーズに行えます。洗面室と洗濯物干し場までの動線は短い方が断然いいです。洗濯を終えた洗濯物は水を含み重さが増します。それを抱えて移動しなければならず、動線が長いと体にかかる負担も大きくなります。若い時は良くても高齢になった時には家事がしずらく、身体への負担も感じやすくなるのです。

一番動線が短いのが、洗面室に勝手口を設けその先に屋外用の洗濯物干し場を設けるスタイルです。これなら濡れた洗濯物をほとんど抱えることなく干すことができます。日当たり状況や風通し、視線などに配慮して洗濯物を干す環境に適していれば一番動線が短くていいのかもしれません。しかし小さい子どもを抱えているママにとっては、洗濯物を干している間子どもの様子が気になってしまいます。我が家がまさにこれです。

我が家は、リビングの先にウッドデッキを設けました。このウッドデッキ部分に屋外用の洗濯物干し場を完備しました。ウッドデッキの上にはウッドデッキと同サイズの二階のバルコニーが設けられており、これが屋根代わりになってくれるので急な雨でも衣類が濡れることはありません。ウッドデッキの奥行も確保しているので少々の雨にも対応できます。ここに設けたことで、リビングで遊ぶ子ども達の様子を確認しながら洗濯物を干すことができます。家事と育児の両立がしやすいのです。洗濯物干し場と一言で言っても、設ける場所によって家事の効率も大きく変わってくるのです。

被災地の住宅事情

今回も地震や原発の事故についての話になってしまうんですけど、津波の被害に遭った人達が住むための仮設住宅の建設が急がれていることは皆さんもご存じのことだと思います。
津波で住宅を流された人や住宅が全壊や半壊など済むには危険な状況である人なども今は公民館や体育館などの避難所で我慢して生活していることだと思います。
中には地元を離れて違う地域で賃貸物件を借りたりして新しい生活を始めている方もいると思います。
しかし絶対的に賃貸物件の不足で東北地方の不動産会社も開店休業状態の所もあることだと思います。
そして結局は仮設住宅の完成待ちという人が多いのではないでしょうか。
政府の発表では「盆過ぎまでには仮設住宅の完成を」なんて言っていますが本当に完成するの?という疑問があります。
工務店や建材のアウトレットショップやアルミサッシの販売サイトなどでも建材が不足していると聞いています。
住宅の不足、失業、原発・・・東北は本当にどうなってしまうのだろうかと遠い九州の大分の人間でも心配してしまいます。
自分は何もできないのですが現地にボランティアで入っている人達や炊き出しをしている人達にはぜひともがんばってもらいたいなぁと思います。
しかしこういう時に人の弱みにつけこむ商売をしたり、火事場泥棒を行う輩もいるのでしょう。そういう人間は逮捕して通常よりも倍の刑に服させればいいと思います。
というかこういうことがないように政府は対応というか現地の治安を考えてほしいものです。
被災している皆さんが安心して生活できる状況を一日もはやくつくりだしてほしいものです。

別府の借家

幼稚園に入る1年前の年に父の仕事の都合で大分県は別府市に移り住みました。
今考えるとすごい変な形の家だったのですが、和室が5つの5DKの借家でした。
確か家賃は3万円だとかそうとう破格の物件だったみたいです。
なぜか二つトイレがあったのですが片方はいつの間にか物置と化していました。
家の前は相当広い庭になっていて道路際に、梅の木があって毎年ちぎって梅干を作った記憶があります。
引っ越した頃は何もない庭だったのが父の趣味?で畑になっていました。
まともな賃貸物件だったら相当貸主から怒られるんじゃないかと思います。
もう時効ですね。
また別府と言えば皆さんご存知のように温泉地なのですが、町内会費300円で共同温泉入り放題でした。
引越しをした当初は家で風呂を沸かしていたみたいですがガス代もばかにならないので共同温泉にずっと行くようになりましたね。
当然と言えば当然ですか。また温泉のおかげか地熱があるみたいで雪が降っても道路は凍結したりすることが少なかったみたいです。
別府は幼少期からから高校生まで住んだ町で自分にとっては故郷みたいな感じなんですが、
ただ坂の町なんで結構不便というか年を取ってから生活するのは大変そうだなーとも思います。それも慣れなんでしょうけど。
時が流れ、社会人になって別府に行った時に住んでいた家を見に行きましたが、元々古い家だったんですが屋根に穴があいて、みるも無残な姿になっていました。
ちょっと泣けましたね。後から聞くとシロアリの巣窟になってるそうです。合掌。

日田の借家

親父の転勤で小さい頃時から引越しを数度しているらしいのですがあまりに小さすぎて全く記憶がございませんのでその辺は割愛させていただきますが、幼稚園に入る1年前、までは大分県の日田におりました。
日田の記憶もどちらかと言えばうっすらとしか覚えてないんですが近くに川の流れるボロ屋だったと思います。
家自体は一軒家で部屋が二つで台所は土間にあった・・・そうです。
今で言うと2Kになるんですかね。
ボロ屋なだけに冬は風が吹き込んでかなり寒かったと姉が言ってました。
姉は自分より4歳年上なので日田の記憶はしっかりと残っているようです。ちなみに日田は大分県でも内陸部の方に位置し、盆地状の地形のため夏は暑く、冬はめちゃくちゃ雪が降る気候です。
お風呂も付いていなくて外にほったて小屋があって、その中に五右衛門風呂があった・・・そうです。
五右衛門風呂って若い方にはわかるのでしょうか?
最近のバラエティー番組とかで見かけることがあると思いますがテレビで見かけるのはドラム缶を利用した五右衛門風呂ですが、もっとしっかりしたものだった・・・そうです。
要領的には下から燃料を出たくっていうやつですね。

「・・・そうです。」っていう表記は自分はあまり覚えてなくてほぼ刷り込みの記憶ってやつですね。
今でもたまに日田に家族総出で当時お世話になってた近所のばあちゃんの所へ遊びに行きますが、昔住んでた家があった場所は今では更地になってます。